大切な人を失ったあなたへ

震災以降の気づき

東日本大震災以降、定期的に東北の地に足を運んでいます。何かできるわけではありませんが、協力頂く方からのお米を手土産に仮設住宅を一軒一軒回ります。

少しずつできてきたつながりのうえでお話を聞くなかで、毎回宿題をもらって帰るような思いです。東北の皆さんに対して、お付き合いが深まるほどに無力感を感じる場面が出てきます。それと同時に感じるのは、普段のお参りで接している多くの方への思いでした。

大事な方を亡くされた方とどれだけ向き合えているのかということをあらためて考えさせられ、自らを問われているような気がしました。

グリーフケアって?

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昨年の秋からさまざまな宗派の若手僧侶有志で「グリーフケア」というテーマの連続講座がありました。先生は自死遺児支援をしている尾角光美(おかくてるみ)さん。尾角さん自身、肉親を自死で失った当事者であり、遺された人にとって過ごしやすい社会を願って活動されています。

詳細はこちら http://www.live-on.me

大切な人やものを喪失したときに、心や身体などに起こるさまざまな変化のことをグリーフと言います。グリーフと言う語句を辞典で調べると「深い悲しみ」とか「悲嘆」と書かれていますが、喪失体験の現場ではもっと多くの意味合いを持ちます。 大切な人を失ったとき、知らず知らずのうちに「悲しみ」とくくってしまう人が多いと思います。けれども津波で家族を失われた方は「怒り」「悔しい」といった感情を持つ人もいます。一方、長い介護や入院生活を看てきた人は、「安心」を感じる人もいます。向き合うことに絶えきれず「何も感じない」と思考停止することで保とうとする人もいるでしょう。なんとなく「悲しむことが当たり前」であると思ってしまうと、「自分はおかしいんじゃないか」と責めてしまうかもしれません。

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けれども本来グリーフというのは十人十色、出てくる感情も、タイミングも人それぞれあっていいと教えていただきました。事実、先生自身も安心を覚えて自己嫌悪したり、なかなか涙が出てこないこともあったと体験談を語ってくださいました。

こうしたことは学校で習うこともありません。予備知識がなければ、「みんな同じように悲しいはず」「どうして私のつらさがわかってもらえないの」「ほかの兄弟はみんなつらそうなのにあの人は冷たすぎるんじゃない」など、ついつい型にはまった考えになってしまいます。関係性もみんなちがいますし、冷たそうに見えた人も胸中はわかりません。ほかの人とタイミングがちがうだけかもしれないのです。お坊さんはそうした人に接する機会が数多くあります。こうしたことをもっと多くの遺族が知って欲しいと尾角さんから言葉をいただきました。それをきっかけにお通夜や初七日、七日七日のご縁などでこのお話をさせていただくことです。

出てくるものはみんなちがう

東北では大切なお子さんを失った若い夫婦が、こうしたことが原因で離婚してしまうケースもあったと聞きます。大切な存在であることは変わらないのに、現れ方やタイミングがすれちがうとお互いのことが許せなくなってしまう。けれどもそれは自然なことなのだと知っていれば、相手を受け入れることができたかもしれません。

大切な人やものを失ったときに現れる感情や反応は一人ひとりちがっていい。私たちはそれを少し知っておくだけで、お互い少し優しくなることができると思います。

お葬式や七日七日のお参りで手を合わせたり、お念仏したり、一緒に正信偈をお勤めしたり…。失ったときの感情や反応は様々でも、大切な人を偲ぶなかで同じ方を向きながら、その場に身を置くことで感じていけることもあると思います。一緒にお勤めすることが癒しになったり、救いになったという声を聞くことも多いです。現れ方はみんなちがっていても、自分にとって大切な人は、みんなも大事にしてくれる人なのだとわかっていける場所はありがたい場であると思うことです。