日常の延長線

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昨日一日を振り返ってみます。午前中はご法事。お寺の子ども行事にもよく来てくれた子が、今日も一緒にお参りしてくれました。昔参加記念品であげた子ども念珠は小さくなってしまった様子。成長を感じます。お寺で準備している念珠にちょっと大きいものも加わったので、今度おばあちゃんに渡すねと伝えてました。同じ場を共有しながら、本人に話せることが大切だと感じたことです。大切にしてくれるといいな。お話もお子さんやそのパパママ向けに先週私が息子の運動会にて感じたことを題材にお話ししました。ちょうっとは共感いただけたでしょうか。午後からは三河別院にて、額田組(岡崎〜豊橋の本願寺派寺院30ほどの集まり)の連続研修会、通称「連研」。おつとめの作法であったり、基礎講座などもありますが、特徴は話し合い法座でしょう。「僧侶は伝え、門徒は聞く」ではなしに、車座になってテーマについて話し合う場所です。残すところ3回となり、参加の皆さんもリラックスした中での話し合いとなりました。スタッフのお坊さんにも親しみを感じていただけているようで何よりでした。18時からお寺の新聞・寺報の編集委員会。今回で49号になる寺報の構成を練りました。今回は趣向を変えて、うちのお寺の門徒さんであり、岡崎市の介護福祉の創成期からささえているNさんにお越しいただきました。ここしばらく連載で、グループホーム運営において介護の現場から専門家として原稿をいただいています。興味のあるテーマはこちらから依頼することが多かったのですが、今回は私たち編集委員がそれぞれ質問を持ち寄って、ざっくばらんに質問を投げかけるかたちをとりました。そのやりとりの中でテーマの発見、場合によってそれ自体を対談記事にしてしまおうという企画です。「自分の家族が入所することになったら、どこを見るといいのか?」「プロから見て、いくらがんばっていてもここまで来たら家族だけでは限界かなと感じるサインは?」「認知症になりにくい、症状を遅らせる秘訣」など話題は尽きません。企画は大成功。話題が豊富すぎて新聞におさまりきらないかもしれないのが悩みというほどです。次回の寺報、是非お楽しみに。いずれも現場において、一人一人と向き合うことによって初めて見えてくるものがあるということの大切さを感じます。東北に通わせていただいて、震災支援やっているときも、そうです。現場の最前線にたって、課題と向き合っている人と一緒になって、ユーザー視点で考えるって当たり前だけど大事なんだと感じます。
今日書いたのは、毎日のお寺の日常、お坊さんの日常です。少しばかり特別な部分や特徴ある部分もありますが、日々の中での延長に収まるものばかりです。お坊さんの毎日ってとか、どんな心持ちでおつとめしているのかっていうことのご参考までに。